最近、鑑定書付の二本のユーリを試奏させていただく機会に恵まれた。
都内のある中古楽器店で購入したユーリが果たして本物かどうか、とても関心があるから、比較するには最高の機会となった。
もちろん鑑定書を疑いだすとキリはないのだが。
私の印象として、鑑定書付のユーリは、精度が充分にあり、音質(材質)も素晴らしいが、それほど年数が経っていない材にやや近い響きだった。
120年前後経って、まったくヘタり劣化のない保存状態というのが、とても素晴らしい。
ウーシャより精度が劣るとされるものの、私の楽器の表現力の広さと繊細さは充分カバーする。
一本はいくらか硬質さが強くシャープ、もう一本はバランスのよい響きの材。
楽器との相性で音作りや弾きやすさがかわる。
そして、我がオールドボウのなんたるかが浮き立つ。
私の弓は、たとえ本物であれ、特殊な本物だということ。
フルサイズにもかかわらず、少し、しかし明らかに短い。7/8にしては長い。
フロッグも明らかに特殊な形状のオリジナル。
腕の短い奏者で、フロッグの幅が狭いものを特注したものと推測できる。
1900年前後の作品で、こういう中途半端というか特殊に偏向したような弓はそれほど多くないのではないか?
残念なのは、材のヘタりであるが、最近ボーイング技術を磨いていると、案外表現力はまだまだあることに気が付く。
義手でバイオリンを弾く元看護師の有名な女性の動画を見ていても、弓をほとんど使わずにかなりの表現は可能であり、私の弓のヘタりはほぼ問題にならないし、音楽の心さえあればよい。
ヘタりの1番の問題は素人目には強いアクセントやアタックが難しいことだが、むしろ繊細な精度をいかに出せるか?技術を磨くべき。
気を遣わずに弾けるカーボン弓ですら、その技術は必要であり、その技術とは音楽の心からこそ自然に身に付くものだ。
心と心のハーモニー。
私と楽器と楽曲とその場の温湿度と心と心。
正直によいモダンかオールドボウはもう一本欲しいのだが、不運と悪意の犠牲となってよい弓を騙し取られた。
私の弓は特殊すぎて真贋はわからない。
もし規格がまったく同じ二本と同じならば、比較のしようもあるのだが、そもそも別規格製品ではどうにもならない。
音質(材質)は素晴らしいのだが、内向的でややこもる音質の弓は、あるいは別人の作品やもしれない。
多くの作品は触っていないが、ある南米の弓が同じ内向的響きのものだった。他にヨーロッパ弓にもそういうタイプのものはありそうだ。
規格のせいか、製作者の違いか、この見極めは専門家の領域である。
知識情報量として、ハリーが特殊弓をいつ誰に何本くらい製作したのかというのも不足している。
形状そのもの、削りを見てハリーの作かどうか確実に鑑定できる人にたずねるべきだろう。
一度出合ったトルテのかなりヘタったものと比較すると、まだマシなヘタり。
魅惑的な音質のとても個性的なオールドボウだ。