FujiYama’s blog

日常的な生活の風景、感想などのブログです

NHKの肥大化をなんとかして

高市総務相NHKと関連企業のスリム化を訴えている。
分かりやすく7000億円の受信料を集めるために経費が780億円かかっているという指摘。あまりのことに訪問営業見直すと報道されました。
そりゃそうです。
民営化の弊害のかたまりみたいなNHKです。
海外先進国の数倍の経費がかかっているという目立ちよう。
これがエリートの椅子を量産する錬金術の一部に過ぎないとは。
受信料もまともに使われているとは思わないほうが良さそうです。
携帯料金の話も同じですが、お金がタブついているところは、みんな民営化のあとのエリートの魔窟になってるんですね。収益をあげるためと言って、そんなもんウソっぱちで、エリートの椅子を量産している。電力会社も鉄道会社もろくな役職を作らず関連企業をたくさん作って椅子をとにかく沢山作っているだけなのです。
国民、利用者の負担だけが増え続けます。
ヨーロッパに見習ってここらで各業界、国営化法案でも作るべきだと私は思いますがね。
気を付けなければエリートのやるバカに際限はありません。

正論と現実

京都大学藤井聡という偉い先生がいて、正論を主張解説している。ありがたいことは確かなのだが、多少嫌味な感じもする。
日本が強くなって繁栄すればよいというのが正論であり、基本的には私も同意見。
しかし政治の世界は真逆。
日本が衰退しても自分たちさえ良ければいい。
むしろ自分たちだけが子孫繁栄したいから、知らない日本人は死んでしまえというのが政府与党。
藤井聡教授はその彼らに富国の政策を説明していくと言っている。
私はそもそも与党がなにをしようとしているのか頭のよい藤井聡教授が知らないのかと唖然とした。日本人がどれだけ多く自殺してくれるか、どれだけ皆が貧乏になるかという与党のやり方、哲学を知らないのだ。
表向き日本の繁栄を標榜しているに過ぎないことを知らないなんて。
野党を賢く育成しなければならないという政治の現実を知らない学者にはあまり期待出来ないのかもしれない。
日本は衰退するけど、私にはなにも関係ないし、私にはなにも責任はない。
これだけ丁寧に記事を書いてみなさんに警鐘を鳴らしているからだ。工夫は必要だが、少なくとも私は日本人の幸福と日本の繁栄のために努力しているのだ。

日本人の首を絞める方法

今の政治を放置しておけば、まず間違いなく日本人の首は絞まる。絞殺の考察でもしてみることにするが、主犯は政府日本国である。教唆犯は中国共産党大韓民国である。実行犯が政府であるという事実の根拠は、貧困と自殺の関係性ともうひとつ経済政策の失敗にある。たんになんとなく貧困が増えたのではなくて、政府与党が意図的に(有効政策の不作為で)貧困を増やしているというのが、正しい経済学者たちの見方なのだ。

このまま放置して日本人がのたうち回っているのを見物しているととても壮観であり圧巻である。日本が繁栄してきた70年代くらいまでは考えられなかったことだ。

世界一の日本とうたわれたのが嘘のようである。

私は生粋の日本人であるから、別に日本が滅んで欲しいわけではないが、日本人がいかに傲慢で不遜であるかはよく知っているから、どんどん貧乏人が増えていって、みんなの生活が苦しくなっていることは、特になんとも思わない。自殺する人がいるのも本人の考え方の問題であり、宗教上の選択であって、それは政府が100%悪いことではないと言えなくもないからである。もっと日本人が死ねばよいとか病的なことを主張するカルト宗教もあるが、創価学会のように自分たちの宗教をやらない人間はみんな死ねという極端な考え方には反対である。

そうは言っても嫌いな日本人というのが数千万人いるから、その中で苦しむ人がいてもあまり気にならない。ましてや自殺するなら人に迷惑をかけない方法で自殺してほしいと願っている。

しかし日本が繁栄していた70年代ですら2万人前後いたことを考えると、やはり貧困だけで自殺を語ることも完璧な話ではない。

自殺を煽るもの、たとえばカルト宗教とか自殺の正当化を図った浄土真宗とか、自殺のマニュアル本出版とか、個人の意思を踏みにじるのが当たり前だという法律家とか、さまざまな要因が重なって自殺に至るので、貧困はその引き金だという風に考えなければならない。

ほんとうに難しいのは宗教や法律家、医師の間違いであって、そればっかりは誰かが改善させることが難しい。

障がい者なら自殺してくれとか堕胎してくれとかいう社会の風潮は、実は宗教的潔癖性のあらわれである。潔癖症も行き過ぎると多くの健常者を生活破たんや自殺に追いやることになる。

もともと女性の自殺率が低いので、最近女性の自殺者数が上がったという報道を見ると、自殺率の男女平等化だと思ったが、歓迎はしていない。

自殺者数、自殺率そのものが低下していくのが望ましいからだ。

しかし今の政治では、官僚と与党でどんどん日本人の所得を減らしていって、あわよくば自殺してくれたらいいなという魂胆が見え見えなので、放っておきさえすれば日本人は首をくくってくれるということになろう。

政府与党は日本が滅亡しても、靖国神社伊勢神宮創価学会だから正しいのだと開き直っているだけだ。大本営発表だけを繰り返して、日本が繁栄しているように主張し、正当性があるように脚色して発表するだけなのである。

そりゃ放っておけば日本人は首をくくるしかないわけだ。

マスコミも加担している。スポンサー企業が法人税をさらに下げて欲しいから、消費税をさらにあげればよいと考える彼等は、収益のために日本人が死んでくれたらいいなという鼻歌を歌っている。マスコミは自己責任論であるから当然自殺を煽る側である。マスコミを見ていると自殺したくなるのが当然なのである。特に貧困層が死にたくなるように番組もCMも作成されている。

自殺は本人の責任という法律・医学的立場から言えば、煽ることは罪にならず、教唆などの具体的関連行為が認められなければ罪に問われない。自殺してくれたら助かるなあという考え方があるものだから、マスコミや宗教、政治にはほんとうに気を付けなければならない。かれらにはキリスト教神道という非人間的な野蛮性のある宗教しかできない。仏教という高等な宗教をすることが不可能な人種なのであるから、自殺させることについてなにも感じないし、自殺することに対してもなにも感じないのである。そういう宗教を信じさせられていると、まさに自由意志として自殺は正当な自由選択であるということが言えるのである。

ほんとうは政治の問題だけではない。貧困の問題だけでもない。宗教的に放置することもまた罪なのである。宗教的に神社や創価学会で構わないという信条は、間接的に他人に自殺をすすめることと同じである。

私は宗教上の違いを人に教えて差し上げることをしてきているが、どれだけ多くの人に届いただろうかと自問しつつ、これからも人が自殺などしなくてよい正しく慈悲深い宗教だけを広めていきたいと考えている。インチキやヤクザな貧乏人いじめはまったく性にあわないのである。

マスコミがバイデンを支持する理由

マスコミのスポンサーがグローバル企業なことが多いからである。地場産業でもグローバル企業に納品したりと取引があることも多い。グローバル企業には収益至上の営利企業が多く、中国も北朝鮮も商売上立派なカスタマー顧客なのである。
そこで中国との取引があるバイデン支持というのは、マスコミのスポンサーと同じ営利企業だからである。なんの不思議もない。
問題は兵器転用技術や部品に関する輸出規制とか人の移動滞在に関する自由がどこまで保障されるかとかいうところだろう。そして、グローバル企業に法人税を軽くしすぎたことが、各国の公共サービスを低下させてきていることに注目しなければならない。グローバル企業を政府が守りすぎると地盤沈下が起こる。それを防ぐためにはきっちり税金をとることである。政府外交官と企業外交員が一体化すると公私混同である。まさに政府がグローバル企業の手下になっているのだ。大義名分としては国際競争力のためであるが、国民が受けられるサービスは間違いなく低下している。第一年金を減らすことになっている。なにか日本人は感づかないだろうか?
華やかなグローバリズムの影で中国共産党の主張している低福祉サービスが実現していくという流れが見えてくる。グローバル企業を過保護にせずに淘汰させながら、日本版中福祉を維持するのが日本人全体の幸福になる。マスコミには興味のない年金を減らす自公では絶対に無理である。アメリカはもともと低福祉だからなんてことない。
日本にとっては日中友好条約がガンである。

共存共栄と共産主義の違い

共産主義では独裁政治があからさまで党におべんちゃらをする企業と党一族だけが蓄財する。すでに資産形成はとんでもない金額になっている。一方でまともに食べられない中国人がたくさんいる。
民主主義では食べられない人が出ないように制度化する。富裕層だけの繁栄では成り立たないようになっている。富裕層のほうが少数派だからである。
しかし最近共産主義で貧乏人がいなくなるかのようなフェイクキャンペーンがある。創価学会もその一味である。
共産主義は断じて共存共栄ではない。中国共産党は日本の富を狙っているし、民主主義で制度化されている富の象徴である生活保護制度すら忌避している。またそうでなければ尖閣諸島は狙わない。
中国共産党の幹部の蓄財のために生活保護制度を否定して世界中の困窮者は1日何ドルで生活しろというのである。
日本は先進国であり文明国であるから共産主義とは違って社会保障が整っている。世代を越え障害の有無を越えて領土内、自由主義陣営内で共存共栄しているのである。
この自由と民主主義に基づく共存共栄というのは韓国にもよくわからない概念らしい。輸出規制は当然すぎる。アジアの近隣のみの共存共栄や繁栄というのでは、全体の繁栄が無視されるのである。文大統領にはそこのところが理解できていなかった。ましてや思い上がった中華や勘違いした富裕層に理解できるわけもない。原爆投下の意味がよくわかっていないから。

バイオリンの音の好み(パーツ編)

バイオリンの音はすぐに変えることができます。あご当て、弦、指板、弓の毛、松ヤニ、弓を交換するとはっきりと変わります。弦については以前記事にしてありますので、ご参考に。
まず自分がどんな曲をどんなふうに演奏したいかという方向性を見定めます。
Aコンチェルトガシガシ
B室内楽しっとり
C小品しっくり
おおまかにこれを決めてみると各パーツの選び方が決まります。出したい音のパーツで統一すれば出したい音になります。問題はパーツが混在していてそれぞれの方向を打ち消し合う場合でしょう。これは楽器を活かしきれないことになり、もったいないですね。
いちばんわかりやすいのはAのガシガシでしょうか?黒檀のあご当て、新しいナイロン弦、ベーシックな指板、イタリア白馬毛、ひっかかりの最強な松ヤニ、トルテモデルの弓のようにすればガツンガツンの爆音バイオリンの出来上がりという訳です。強烈な音がすること間違いなしです。
私は中間型のしっくりタイプです。オールマイティに対応できるのが良いと感じているので。改良するとしたら柘植のあご当ては少し柔らかい音がして、もう少し強い音に持っていってもいいなと感じています。黒檀のように音が固くなりすぎないで強い音のするあご当てを探してみたいです。さらに強い音が欲しくなったら松ヤニを変えるのが確実です。弓はペカットモデルなのでどちらにも対応できる優れものです。
だいたい弾いているうちに、だんだん強い音が出せるものにしたくなるものです。表現の幅が拡がるので弾きやすくなり、爆音が出せなければ不安にすらなってきます。ソリストなら底なりさせて、かつ高音も美しく鳴り響かせようという方向性がおそらく王道ということになりましょうか?
あっ!また忘れそうになっていました。弓運びの基礎練習が第一の前提だということです。お金をかければ望みが叶うわけではありませんので、くれぐれもそこのところをお間違いのないように。どこまでも日々の基礎練習あってのバイオリンの音づくりです。ストラディバリウスでなければバイオリンじゃないとか言うムチャな人もいますからね。バイオリンとはいっても、みんなが楽しめるような楽器であってほしいと願います。

統合失調症の被害妄想

統合失調症だと公言して同情を買おうとする記事ばかり書いている人がいる。
厳しい現実から逆算して頑張れよとコメントしたら否定的なコメントだとブロックされた。
なるほど統合失調症は被害妄想が多い。それでは迷惑とか訳がわからないという世間の認識は変わらないだろう。
少し考えて、相手に悪かったなあとか、迷惑にならないように気を使おうなどとはまったく考えない人たちが統合失調症だということだ。
だれもが相手のことを多少考えて、多少迷惑にならないようにという常識をもっていなければ、理解などされるはずがない。
統合失調症を理解してほしいと繰り返し主張しているけど、彼女の態度としては理解しろという命令になっており、しかも相手の迷惑なんて知らないというのだから、無理難題である。
私は統合失調症であろうがなかろうが相手のことを考えて迷惑なら申し訳ないと思うし、気を遣うのが人間として当たり前だと思う。
彼女は統合失調症だからそんなもん知らんと言っている。そんな人たちではまず理解されないだろう。
理解されたかったらまず自分たちが変わることだ。
文科省の取り組みが不足しているのも事実だから、文科省に要望するのは必要だと思うが、それすら否定的なコメントだと言うのが彼女の主張である。
大学のお友達はさぞかし迷惑だっただろう。
あほらしいので自称統合失調症の独り言を聞くのはやめた。被害妄想は医者に聞いてもらえばよいというものだ。