FujiYama’s blog

バイオリン弾きの日常的な生活の風景、感想などのブログです 政経もけっこうあります

爆弾男の異名はビミョー

学生のころ、やけになったり、落ち込んだり、深酒をしたり、あまりまじめではなかった。
かなりアホな大学で、そんなわたしが成績上位になり、専門科目は学年で2番、ゼミ生で1番だからどれだけレベルが低いかわかる。
母方の親戚は東大や医学部やそこそこの大学の優秀な人たちばかりなので、わたしは落ちこぼれか挫折組だと誤解された。
弦楽合奏団でバイオリン弾きと会話したり新興宗教の話をしたりしていると、わたしがほんとうのことをずけずけ言うし、やることなすこと爆弾男という異名を頂戴した。
半分はそのとおりだが、ゼミの先生に苦言を呈されたこともあり、笑えないことも多々起こる。
今になっても、ほんとうのことをずけずけ言う性格は変わらない。
衝突も当たり前の鼻っ柱の強いところがあった。
誹謗中傷や陰口ばかり。果ては犯罪の疑いまで口にする学生まで。新興宗教からも無実のわたしが攻撃された。
慶応出の親戚のおじさんが高校生のころ、喧嘩で鼻の骨を折られたそうで、おじさんは全国区の進学校だから毅然と正当性を主張して衝突するのは血筋である。
ボンクラ大学でよく怪我をしなかった。
チェロの音友の本心は時々しばしば固まっていたのだが、彼の忍耐力と楽天性で武力衝突はまったくなかった。
今の学長さんに大学院への進学も薦められたが、そんな性格で学内でうまくいかないことと、生活がすさんでいたことで、学業はすすまなかった。当時学費の心配はなかったが、気持ちが音楽業界に向いていたので、そこまで経済を極める気にもならなかった。
総合大学は、学際的感性や統合判断能力を育てる場である。
もともとの医系の学力はバイオリンを強制命令でやめさせられて途中で開発できなくなったものの、長い目で見て、経済学を選んだことは正しかった。
都立大学の卒業生が経済ほどムダな学問はないとYouTubeで話していたが、学生のころ、わたしもそう思った。
ほんとうのことを分析して指摘し、社会が改善されるかと言えば、政治家に聞く耳なんてない。
個人の病気を治す医者よりも、社会として日本人の文化宗教的病気の原因に対処する人間学としての経済学を見据えて、人生を生きている。
人類史から日本人がいかに幸福になるかという目的に経済学を使えば使えるのだが、日本人の馬鹿さ加減だけが浮き立つ。
医者が病気を治すのではなく、治る人が治るだけだと気付いている。
草の根を食んででも生きられるはずだと狂気がまだ主流で、長いものに巻かれろという中では、未だにわたしは爆弾男とされるのである。
近年、忍耐力と福利厚生の両方を上げる日蓮正宗という世界一の宗教を見ていると、そんな爆弾男は実はノーマルで平凡な修行僧みたいなものだと思うようになった。
欲望を追求してエスカレートし続けるユダヤキリスト文化のなれの果てが大衆煽動と戦争であり、平和の教えと理性は教会の中の説教だけに終わっている。
間違えているものを黙って見ているのは途方もない苦痛なので、みなさんがまず知るべき気が付くべきほんとうのことをずけずけ書き続けている。
戦争を好む動物的欲求に流される自由と民主主義の理想よりも、まず人間が人間であるように。