FujiYama’s blog

バイオリン弾きの日常的な生活の風景、感想などのブログです 政経もけっこうあります

音楽療法を考えつつバイオリンを楽しむための教養を

音楽療法は公式化できない

という記事から1年あまり。

ある部分は残念な公式が成立することを記事にしなければならない。

病んでいる、時には自殺までするようなバイオリン学習者やバイオリニストたちのことを見ていて他人事のようで、100%他人事でもない。

いかに精神衛生を保つかという工夫は誰でも必要なことだ。

酒や暴力に向かう激情家たちや性的社会的異常性にいたるともはや有害扱いされたり危険視されたりすることもある。

わたしは幸い問題行動はまったくやらずに済んでいるから、常日頃からの心がけや工夫は功を奏しているらしい。

専門学部卒ですら異常行動に走ることがあるし、趣味でもそれはかわらない。キチガイみたいなのもたくさんいる。

1つには、日本人の中で浮いた楽器だということ。1つには、神経、集中力を使う楽器だということ。1つには、奉仕(宗教心や国家主義)のための自己犠牲を要求される楽器だということ。

海外、欧米のお友達がいたほうが気が楽だ。国内だときちんと弾ける人たちとの交流が必要だ。良い演奏を聴いてもらって喜んでもらうことがとても大切になる。

どれくらい練習するか競う向きもあるが、あまり長時間はよくない。基礎的なコツを掴んで師匠との相性の中で練習量が増える場合に限り多少長時間練習は有効なものになる。バイオリンなんて日に3時間も弾けば疲労感を持つことも珍しくない。疲れないのは、若さ、基礎体力、高度なスキル、経験値、良質な楽器とメンテ、良好な人間関係などの関数から恵まれたバイオリニストだけのことである。

政治宗教の要求を自然体で受容して奉仕の心を持てる日本人バイオリニストもまた稀少だろう。むしろ真逆の絶対君主制上意下達の奴隷職人こそ正義だと信じこんでいるバイオリニストも多い。

かくして、自己統制がきかなくなり、病むこと請け合いの日本人たち。

国立音楽大学のピアノ専門の人が音楽療法の勉強をしてホームページを出していたので、ほんの一部のさまざまな音楽療法の列挙をコピーした。

<海外およびドイツの代表的な音楽療法

  ・分析的音楽療法

  ・形態学的音楽療法 

  ・インテグラ音楽療法 

  ・ノードフ・ロビンズの創造的音楽療法

  ・オルフ音楽療法

  ・シュタイナーの人智学的音楽療法

   ・  神経学的音楽療法 

         ・  北欧発祥のコミュニティ音楽療法

  ・ライプニッツ学派の調整的音楽療法

   ・  受容的音楽療法(GIMやMiMe

  ・古代東洋音楽療法

  ・音楽医学

まあなんだかたくさんあるが、おおまかに病む原因を特定するための手掛かりになることは確かで一通り勉強する価値はある。

シュタイナーの哲学がインドの輪廻思想と仏教の日蓮思想と共通していることも興味深い。

神道の優生思想とは相容れないところを、日本人としてどう解釈するのか問われるところだ。

一方で精神障がい者を隔離虐殺してもよいと言いながら、シュタイナー教育というのは矛盾そのものだ。

精神衛生に悪いだけの日本人音楽家の優生思想論者たちは、音楽療法で保険適用の流れを作るべくもない。

音楽療法はたんなる民間療法どまりで、欧米の権威を笠に着て、一般の日本人に威張ることと集金するための専門家がわんさかいて、信用性を高めるための根本的宗教改革がまったくできていない。

病んだ人たちが音楽をやっているのが、そのまま病んだ宗教家と政治家とお仲間なので、日本人一般が健全になることはなく、ロマ族(少数派)、精神障がい者ユダヤ人虐殺に正当性を疑わなかったドイツ人と捕虜を惨殺酷使して兵員の精神障がい発症者を射殺し民間人に自決させた日本人の共通項を考えると、音楽療法安楽死の薬剤として転用したり、合成麻薬の音楽版で使ったり、療法と言いながら洗脳に転用したり、おそらく間違いなく信頼して使えるようになることはないだろう。

自己のメンタルヘルスを害するものの正体を理解できていない人間が人のメンタルを弄る危険性を充分に考慮するべきだ。

無責任な神道の心では、音楽なんて向いていないことに気が付かねばならない。

欧米の人間は人間として人間を視ている。

日本人の人間は動物以下を基準にして不信感で人間を視ている。

欧米を過信しているわけではない。

人間観から体感的に学んでいない音楽家や教師はむしろ日本の精神衛生にとって有害だが彼らにはその自覚がない。

神道国の特徴として頭に置いておくべき危険性である。

残念な公式だ。