欧州の春巻きには春雨は入っていないがとても美味しい。調味料は加えなくてもよい。
難民なんて迷惑だと言えばそれまでであろう。
しかし、オランダでは難民の受入を減らすしかなく、受入を継続し、或いは別の形になる。
難民というのは、一括りでずいぶん広い言葉だから、まさに迷惑な難民もいれば有り難い難民もいて、それだけのことなのだ。
問題は脆弱性のある難民が即死しかねないことだけである。
難民は厳しい審査期間に堪える必要があるから、妊婦、乳幼児、障害者、高齢者などは、状況で配慮されなければイチコロであり、オランダもおしなべて西側は問題がほとんどない。
つまり、難民救済も弱者への配慮も当然になされ続ける。
しかし、屈強な精悍な集団マフィアと紙一重な人達は断りたい。
社会統合の余地がある難民しか救えない。
日本人はよくよく考える必要がある。
社会統合の余地ある人達、親日の難民申請者たちにどう対応しているのか?
予算も人員も不足している。
しかも弱者に冷たい。
この必要充分条件の厳選については人権と地域の平和と安全がおかしくリンクしないように考慮しなければならない。
欧州の先進国はうまくやれる。
しかし、ギリシャや日本などの弱者切り捨てと奴隷制度の名残を捨て切れない未開性がある国は、深刻な状況が続いている。
オランダ極右政党の勝利は、先進国の現実的補整であり、学ぶべきところを間違えず、学ぶべきは方向性であることを改めて確認しなければならない。
しばしば日本では、こういうニュースを難民追い返しの根拠にしか解釈しない。
馬鹿は死んでも治らない。
人間なら、正しく美しく清らかな心で見ることができるニュースである。
イスラムのコミュニティがあらゆる平和と安定を攻撃している現場の苦衷へ、いかに国家的にケアできるかという良心的な政策として極右の主張が歓迎されたのである。
投票したみんなが極右なわけもなく、そういう意味で現場の苦衷が緩和されるまでの時限的な動向である。
勿論軍拡や民族主義的なものはそれほど熱烈歓迎とはいかないだろう。
欧州はそこまで馬鹿ではないと信じたいし、信じるに価するだけの実績行動のノウハウが彼らには継承されている。
なんと美しい人間の世界か?
イスラム出身者にもいかなる難民にも依然として希望はあるのである。