難民が来れば治安が悪化するし、財政負担で迷惑する。
実際そういうキャンペーンの根拠がないわけではないから、ついつい難民受け入れに反対する人が多い。
しかし問題や論点はあまりに大きくズレている。
受け入れた難民に対する処遇改善が適切になされなかった事実の証明として治安が悪化したのである。
死ぬか生きるかでようやく亡命してきた人たちの個人個人の特性を把握せずに活かせなかった。
別の意味で難民を殺したのだ。
そういう少し高度な対応が必要な分野は、実は多岐にわたる人権問題そのものである。
自国民に対するように丁寧な個人個人の把握が必要だから、ただ受け入れましたでは済まない。
問題は自国民に対する丁寧な対応が次第に欠けていき、その余波で難民はさらに粗悪な行政対応を受けて犯罪に走り、悪循環で自国民に被害を及ぼす流れだ。
まず自国民の自由主義、民主主義、博愛主義、人道主義という基礎部分が次第に崩壊していることが深刻な問題だ。
最近ウクライナ軍がロシアの占領地に侵攻を開始したが、その原因は自国民であるロシア民族ウクライナ人への人権侵害、粗悪な行政対応と無縁ではない。
本来の問題は自国民でも難民でも個人を尊重して活躍してもらうことに支障があることで、難民受け入れそのものではない。
難民が悪いのではなく、行政対応が乱暴で粗雑なのである。
グローバリズムによる収益率絶対主義の影響から各国政府が経費人員を削減したがっていることも大きい。
宣伝やキャンペーンで難民受け入れをしてきたわけではないが、結果的にはそうなっている面があり、受け入れ態勢、対応手法、教育的支援などを再構築する必要がある。
異質な集団と共存共栄し、部分的に融和しつつ国全体地域全体として繁栄させるのは、技術を研く必要はあるがまったく不可能なことではない。
戦争の抑止力の最大の選択肢の1つとして難民受け入れ態勢は注力すべき智慧の見せどころである。
無能な官僚たち政治家たちは、命乞いをする難民に対して「死んでも知らない」と認定を却下する。
それは難民に対するだけではなく他国に対する宣戦布告となる。
すでに世界中で戦争があるものに加担して、一緒になって「死んでも知らない」というのは残虐な軍事独裁政権と同列であることに気付くべきだ。
目先や小理屈と屁理屈だけを理論だと言い張る愚かな官僚たちに理解するのは多少難しいだろう。
官僚たちにも人間性が必要なのである。
カルト政府に人間性はやはり難しいだろう。
うわべでは、人間性とは言えない。
手続きをとって丁寧に殺すのも殺人である。
平和の第一前提は他人に危害を加えないことであり、やんわりと危害を加える政府行政対応の改善は各国急務だ。
現場レベルでは虐待や自殺を強いる乱暴な行政対応になるからだ。