歴史で事実を多く学んで、かつてのドイツや日本のことは、今の何に該当しているか理解しておくことが大切だ。
ウクライナでも罪のない市民が生活を破壊され、戦勝国であれ戦死者となるからだ。
自分に罪はなく戦勝国でも死ぬ。
日本人も例外ではない。
今は交戦はしていないが、沖縄戦の自決強要に類することが多く、自殺者は不変だ。
カボチャや米の粒がほとんどないお粥とかイナゴを主食にする人はまずいないが、それに次第に近づいている2000万以上の貧困層がいる。
目に光がなく、ある者は異様な目の光を放ち、衣服は貧しく、余裕のない心が誰の目にも明かな人たち。
ナチスドイツがまず最初に手をつけたのが、精神障がい者の隔離と虐殺、ロマ族の虐殺からだった。
誰もが自分には無関係だと考える人たちが狙われる。
みんな自分のことしか考えないから、虐殺を正義だと見過ごす。
法の下の平等原理で、国民全員が虐殺対象になりゆく起点を国会で法的に認める。
あとははやい。
中国北朝鮮だけではない法的普遍性原理が日本でも作用する。
日本には公的な拉致制度があり、そこから目をそらすように、北朝鮮拉致被害とか中国の人権問題を取り上げて誤魔化している。時には中国の問題に甘く、日本の人権問題を事も無げにスルーする。
大衆労働者がみんな不幸になりゆく起点が改善されないのが、日本の特徴だ。
ミサイルが日本に撃ち込まれる可能性を高めることをやる。
国を繁栄させることはやらない。
一部の私利私欲のために虐殺して平気なので、日本が攻撃されるように戦争になるように、労働者が過労死するように、そういう異常な文化を政府国会で推奨している。
その有り様を客観的にみて改善すればと考える人たちは黙殺されている。
すでに日本人は人間性を破壊されている。
どの宗教家庭でもどの学校企業でも神道の呪いで人間性より残虐な動物性を優先して教え込む。
いわゆる日本人の心理と精神は人類のものとまったく異なる。
日本人は人類の一員としての人間ではなく危険な動物であり、法も人権もわからない程度の情愛しかなく、ナチス信奉者と階級軍隊思想で満ち溢れている。
その色が極まった時に、かつて原子爆弾は投下された。
英断であった。
現在はその時期が近づいているところまでは歴然としている。
今度は水爆ミサイルなのか一般日本人の精神異常の蔓延なのか予測難易度は高くない。
ミサイルが撃ち込まれずとも民族は大量に死にゆくし、そういう異常事態に不感症になっている民族がまともに思考しているとは考えられない。
「菊と刀」から抜け出して国を繁栄させるべく法と人権を重んじるというスローガンは、すり替えられて拉致法令を重んじる政府は確信犯である。
人権侵害は故意になされ、法と制度を悪用するように、推奨しているナチズム政府。
根本的に改善するためには、国教会と叙勲制度を廃止する必要がある。
まだ自分の人間性がある人たちは、すぐにでも海外の人類の中へ移動しなければならない。
ナチズムは感染症である。
民族主義はアヘンでありカルトである。
カネを貢がせるだけではなく人生を食い潰される。
無駄死に犬死にしても誰一人同情すらされない。
日本のために死ねばよい虫けらであり、かつてのからあげクンたちは広島長崎にたくさんいたのだから。
からあげチャンと男女平等もわすれてはならない。
原爆慰霊祭は人間としてではない。
動物の安同情でしかない。
人間になる勇気がなくてフライドチキンになりたければなればよい。
それもまた民族自決、自由のうちである。
美味しいフライドチキンを楽しむ人たちもいる。フライドチキンになる人たちもいる。
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