FujiYama’s blog

バイオリン弾きの日常的な生活の風景、感想などのブログです 政経もけっこうあります

悪魔に魂を売るのは悪くないと証明できるか?パガニーニ弾くなら弁別しておきたいこと?

そもそも悪魔とはなにか?神か仏の対の悪役キャラか?実在とその姿は?

魂を売買するというのだから、キャラのある生命体だと普通は考える。

しかし馬鹿らしいのは、みんな自分が悪役キャラなんてことあるわけないと思っているし、悪魔に操られているとか身体を乗っ取られるとかいう憑依状態をまさかと自覚できない。

およそ秘密やプライベートこそ悪魔が跋扈する舞台。つまり個人の心の中にこそ悪魔は生きている。どこを探しても、戸籍に身分や続き柄悪魔とか、身分証の役職名の悪魔とか、名刺にすら見たことない。

社会的には個人個人の中の悪魔が外部に危害を加えないよう暴れないように統制できればよい。

パガニーニが出会った悪魔が何なのかが、ある程度のバイオリニストたちにはわかるだろう。

あらゆる心の法悦の中のかなりの喜びにうち震える時に、これは悪魔が誘惑しているに違いないということだから、ありきたりな快楽を指して、快楽に身を任せるという意味だ。

しかしながら、キリスト教会で教える法悦快楽のレベルは、どう考えるか参考にしかならない。

なぜなら、演奏側だけの感じ方、演奏経験からの感じ方、他の法悦との相乗的な悦楽など、悪いとかくだらないとか言い切ることが難しい面がある。

あっさり証明しているが、なんでもよいとか言わず、法悦はキリスト教会では仏教では何が最高かとか別で、不真面目と真面目のどちらでもない。

妙楽という著名な仏教の人物のネーミングや悟りではそんな程度分かりきっている。

だから「パガニーニが悪魔に魂を売ったから悪い、悪い人」というのもくだらないとわかるだろう。

法悦なんて人間の進化のための媚薬に終わるものばかり。

悪魔は自己統制することでより良い人生になるパターンと敢えて悪魔役をやってより良い人生になるパターンという使い方があるから、悪魔を嫌うよりよく知って恐れるべきだろう。

取引そのものが危険極まりないが、社会人なら誰も避けられない。

悪魔を開放し暴れさせつつ、平穏で豊かな高みを安定化させる2面性は人間だれにもある。

聖すら悪魔を要す。

否、聖こそ悪魔のお蔭さまなのである。

悪魔に仕えるか、悪魔に仕える無知な大衆に仕えるか?

その聖は結局あらたな悪魔キャラだったに過ぎない。

最強の悪魔ではなくて、悪魔エネルギーを神と呼ぶこともできる。

だから悪魔が最強であり、神仏が最強という作用反作用の法則をグダグダ言っているのが聖典ということになろう。

陰陽道とはまた違うが、残念ながら前後左右上下などを無視できない。誰にとっても過去と未来からも、悪魔はとても有り難い悪役キャラだが、実損額や失う時を前にすると凡人には理解が及ばない。

パガニーニを弾いて少し考えればわかるなという明るさを伴って悪魔崇拝とはまた違う視点から悪魔を眺める。

聖人たちもパリッとながらもゆったり悠然と修行したのだ。

バイオリニストも喜びとともに修行できるように願う。

それが人権尊重の意味である。

多くの日本人音楽家にはわから(自覚でき)ないらしいが、歪んだ敬意を受けていても、言ってしまえば一般人からへつらわれても他人の人権尊重なんてどうでもよいものらしい。

純粋なキリスト教徒でなければ短期間ではなく、十年以上の欧州生活は必須となる。

それがない音楽家は、非人道的側面、人権侵害の共犯者にしかならず、まさに自覚のない悪魔である。

デーモン小暮と自称していた芸能人・歌手の開き直るあたりが日本人の素であろう。(彼がデーモンの名刺持っているのか知らないが)

日本人は全員がミドルネームサタンでよい。

岸田サタン文雄。

泉サタン健太。

池田サタン大作。

安倍サタン晋三。

伊藤サタン博文。

豊田サタン佐吉。

。。。。。。

聖徳サタン太子。

蘇我サタン入鹿。

物部サタン守屋。

こういうのは固有名詞に関するので普段は書かない。

敬虔なキリスト教徒なら悪いので訂正する。

しかし、日本の人権侵害状況から言えば、問題とか誹謗とかではない。

少しは意識をもって考えるべきだ。

サタンだけの地域をアジアと見ることもできる。

大まかにヒンズー、イスラム、仏教系地域である。

常に善悪が入れ替わる地域。

サタンはカッコよいヒーローくらいにしか感じていない。

恨みや殺意や快楽なら熟知しているが、世界中にネットワークのある欧州の人間の砦を破壊するには至らない。

モーツァルト中央アジアの悪魔と取引しているが、少し好きな人ならすぐわかる話。

カトリック影響下の世界の音楽家の内的世界では数百年前にもう世界は統合されている。

ようやく政治や経済がここまで来たのだが、まだまだ悪魔に手を焼いている。

彼らは宗教のコアと悪魔を恐れ嫌うだけだから、悪魔知らずで劣勢なのかもしれない。

そしてだからこそ欧米諸国ではクラシック音楽を変わらず大切にしているのだろう。

楽家にもくだらないのも沢山いるだろうが、優れた完成度の音楽のベースはやはり欧米諸国発メイドインヨーロッパと見て間違いない。

アジアは無意識的悪魔崇拝で、悪魔崇拝と明確化して別けている欧米諸国とは違うように見えるのだが。。。

本当に世界人類はみんな同じ人間なのか、反論ではなく微妙なところを明確化したい。

先進国という概念は素晴らしいが、あらゆる手を尽くしても、どうしても越えられない障壁に苦しむばかりの動物も世界中にいる。

愛ある先進国でなければ悲惨過ぎる。