FujiYama’s blog

バイオリン弾きの日常的な生活の風景、感想などのブログです 政経もけっこうあります

どれだけ頑張って努力してもマイナスに 法華経の信心

信心の血脈なくんば法華経を持つとも無益なり

組織や形式に振り回されるのは愚かです。
大聖人の心と一致するための組織と形式こそ最重要です。
学会がおかしくなり、大石寺門流の寺組織、法主指南、大御本尊にたちかえって、いかに日蓮正宗形式主義が清純な日蓮と同意の魂、信心にとって必須なものかを体験、確認しました。
法主批判を中心の旗頭にして、大御本尊という魂から離れていった結果の原田学会以下です。
単純明快に大御本尊こそ日蓮が魂そのもので、歴代の僧侶が毎日口移しで唱題している響きに、大聖人様の心は生きています。
我見教学を構え、スキャンダルや捏造に誤誘導してきた創価聖教の大罪に気がつくべき時は今です。

殊に生死一大事の血脈相承の御尋ね先代未聞の事なり貴し貴し。此の文に委悉なり、能く能く心得させ給へ。只南無妙法蓮華経釈迦多宝上行菩薩血脈相承と修行し給へ。火は焼き照らすを以て行と為し、水は垢穢を浄むるを以て行と為し、風は塵埃を払ふを以て行と為し、又人畜草木の為に魂となるを以て行と為し、大地は草木を生ずるを以て行と為し、天は潤すを以て行と為す。妙法蓮華経の五字も又是くの如し、本化地涌の利益是なり。上行菩薩末法今の時此の法門を弘めんが為に御出現之有るべき由、経文には見え候へども如何が候やらん、上行菩薩出現すとやせん、出現せずとやせん。日蓮先づ粗弘め候なり。相構へ相構へて強盛の大信力を致して、南無妙法蓮華経臨終正念と祈念し給へ。生死一大事の血脈此より外に全く求むることなかれ。煩悩即菩提・生死即涅槃とは是なり。信心の血脈なくんば法華経を持つとも無益なり。委細の旨又々申す可く候。恐々謹言。

 文永九年壬申二月十一日         桑門 日蓮花押
最蓮房上人御返事