FujiYama’s blog

バイオリン弾きの日常的な生活の風景、感想などのブログです 政経もけっこうあります

カスハラを減らすか殺すか

カスハラはずっと以前からあるものだ。

とりわけ最近カスハラを問題視する記事が増えた。

もともとカスハラはごく少数派の人たちのもの。

それが増えたとしたら、減らす方策をとる。

しかし、企業には窓口を減らすだけしかないと考えられてきた。

そもそも企業活動の改善のために重要な窓口を減らして企業活動は悪化する。消費者が損をする。

ごく一部の少数派がわずかでも増えている原因は、カスハラ行為者にはそもそもない。

カスハラ行為者は社会情勢の悪化とともに増加する。

社会情勢を改善することと、企業活動を改善することを連動してやればよい。

カスハラは減る。

しかし、現在の日本では、カスハラ行為者を敵視して排除することと社会情勢を悪化させる政治が一致している。

カスハラ行為者は迷惑行為の犯罪者か狂人として社会から排除され殺される。

動物的単細胞の知恵である。

社会を豊かにすれば良いのだが、日本人にはカネの豊かさしか理解がない。

知恵の豊かさがないのだ。

人間は知識だけあっても、幸福にはならない。

本来同じ人間同士が嫌な思いをするのは、特権階級が被差別の被排除者を作るからであり、知恵の豊かな地域の特権階級は被差別を最小化する。カスハラ最小化は被差別最小化でもある。

バツイチ、犯罪歴、精神疾患生活保護や移民や難民に偏見を持つような程度の市民は世界中に存在するがとても知恵が貧しい。

排除するぶんだけ回り回ってカスハラを増やすことになる。ましてや少数派を殺しても構わないという市民が犯罪の被害に遭っても致し方ないと言わざるをえない。

資産家でも心の貧しい、知識が豊富で知恵の貧しい人達がたくさんいる。