FujiYama’s blog

バイオリン弾きの日常的な生活の風景、感想などのブログです 政経もけっこうあります

結論が先にあるか積み上げが先にあるか 文明史宗教史の交錯点日本 日本人は甘過ぎる

キリスト教で天国に至るために教会で説法を聴いたりなんかする。神の国を目指すのは、地上が地獄だから。
しかしあきらめずに努力すれば、いつかは地上に楽園が訪れるようになるという考え方で、実際にキリスト教世界では、楽園を目指して高度に発展した社会保障の国々が軒を連ねる。
仏教では成仏して仏国土に行く、あるいは極楽浄土に行く教えも宗派によってあるが、それらは間違った理解である。
仏教では仏国土は精進すれば実現するし、生きている間に成仏するという考え方がある。
この二つの教えの違いは、なんだろうか。
キリスト教では精神的な法悦を用いて現実の課題に技術的な解決を模索して幸福を実現するという形。
仏教では魂の法悦を用いて現実の課題に向かわせる心を作って幸福を実現するという形。
技術的解決というのは、実は延々と際限なくプロセスやマニュアルが必要になり、専門家が揃って利便性はあるのだが、個人で対応できる分野が非常に限られることが多い。
現実の課題に向き合う心を作ると、いかなる技術をいつどのように利用するかという知恵に長けるので、あきらめることが少ない。
小手先と骨格を見誤りがちな人間が多いから、際限なく解決法や助言を浴びせられ、どこまでも収入を追い求め、ひたすら現金によって解決することになるのは、無駄に動いて浪費しているのを科学的に正しいと思うからである。
仏教では、ひたすら心を作るから、無駄な動きを一切排除して、とにかく状況を整えて時を待つことを重視する。
長い目で見ると、いかに自分の心を調整して、無駄なく有効なことを時を間違えずに実践できるかというほうが、まちがいなく幸福になる。
あの学校に行けば幸せになるとか、あの車を買えば、あの土地を買えば、あの株を買えば、この電子レンジを買えば、この会社に入れば、この宗教をやれば、あの資産家と結婚すれば、などなど間違いなく不幸になることを、みんな追いかけまわすだけの、わかったつもりのキリスト教かぶれ西洋かぶれが多いことはとても残念なことである。
具体的にほんのひととき幸福になれる一時的な解決を否定するわけではないが。

五大国が核戦争はやらないという。
核兵器が悪いものだと言う世論もあって、核戦争はやらないと。
しかし通常兵器は実質ひたすら軍拡である。
結論が平和と繁栄ではないことに気が付かないアホな人もいるものである。
積み上げは、教育と労働と生産による富なので、教育が行き届かない国々は貧困にあえいで暴力が蔓延する。
結論は貧困と暴力である。
積み上げができる国においても、貧困問題というのがあるから、核戦争がなくても暴力や犯罪が延々と発生。

結論として成仏を先にすることが、アジア人を不幸にしてきている面もあるが、死から逆算して人生設計を立てるのはとても賢明で文化レベルが高い。
それより生きている間に成仏することのほうが、さらにレベルが高い。
つまりキリスト者なら殺人を犯し戦争をする局面で、成仏している仏教徒は正当防衛と説法に徹する。
これは規則や法律とか条約によるものではなく、加害行為に及ぶ心自体がないため、加害行為に至らないという魂の違いだ。
もちろん簡単ではないが、修行してそのような魂になることが立証されている。
キリスト教では殺人は悪いとしながら殺人は致し方ないというので際限なく殺人や軍拡になる。
仏教では生命体殺傷が悪いとして万が一はみんなのためになる殺傷だけにしろという。
今の日本は仏教離れが著しいので、殺人事件がこれから次第に増えていく可能性が高い。

平和のためには食料と富が必要であり、そのために教育と労働と生産が必要である。
政治経済で食料と教育を剥奪している日本においては、まともな労働も富もない。
積み上げのために、高等教育無償化、労働者への処遇向上、生産技術と富の共有財産化という政治経済システムが必要であり、そこを改善しないまま結論としての平和と繁栄を求めるのは、滑稽極まりない完全に無理なことである。

日本人は具体的なデータに基づく科学的対処法を認めたがらない。
自殺したり、殺傷したり、虐待したり、育児放棄したり、、、。警察は被害を無視し、行政官は事なかれ主義。
政治経済について考えていないのだから、とにかく破滅しても青天の霹靂だという。まさかあの人がと。
因果関係を無視しているボケた人たちにとっては、青天の霹靂に見えるが、考えていれば当たり前の道理である。

キリスト教世界の技術的解決手法と仏教の平和な心での日々の積み上げを両方満たすことが一番だ。
完璧な政治勢力は残念ながら日本にはない。
比較的ましな政党としてはイメージの悪いれいわとか共産党とかには道理を重んじる理性と積み上げを認めることができる。勿論私は関わりはない。
日本国憲法というのは確信的愉快犯である根性論の日本人には理解できない。
豚に真珠とか猫に小判とか日本人に日本国憲法とか。

煎じ詰めてみると人道性と非人道性の話にすぎないのだが、いつから日本人は人道性がわからない民族になってしまったのだろう。いや、どこかで誰かがなんとかしてくれるはずだという根拠のない期待を抱いているように見える。
釈迦と日蓮末法に入ってからと明確に時代を分けているが、現代はさらに悪化しているようにしか見えない。
沈んでいたヘドロが浮き上がってきた死の海さながらの阿鼻叫喚の地獄絵図の現代日本になりつつある。
日本の富裕層は他人の不幸は他人の問題だと決めつけている薄情な人たちが多いということだ。
1億人の日本人のうちどのくらいが、この日本の政経の道理を理解できるようになるだろうか?
日本人が目覚めていくと、実は世界中の貧困が解消されていく起点になるが、現状の政治状況はまさしく世界の貧困を拡大し経済虐待や虐殺を正当化するためのシステム輸出国になりつつある。
神道ユダヤキリストに媚びるしかない。
仏教は独自の誇りを保ち続けるしかない。
仏教のほんとうの完全なる悟りは日蓮正宗にしかない。
仏教各派の生ぬるい教えでは平和は実現しないから、猫も杓子も誰でも修行すべしと断言して平和を実現しているきわめて希少性の高い宗派、日蓮正宗をやればよい。
少し賢い人ならば、なにをどれだけ専門で学ぼうが、どんなスキルがあろうが、どれだけ高い位になろうが、大富豪になろうが、結局人類史の中で生きる一霊長類にすぎず、いかなる幸福も薄っぺらな幸福に終わることに、この情報の氾濫している時代に気が付くはずである。
人類の途上国の大量虐殺や日本人の集団自殺はすでに始まっている。