FujiYama’s blog

バイオリン弾きの日常的な生活の風景、感想などのブログです 政経もけっこうあります

宗教2世を選ばない 運命という悪魔のささやき

ようやく解散への手続きは始まるに過ぎない。

しかも悪いことには複数のカルトが依然として残る中での審査である。

いずれにしても、人間は生きていこうとするものだし、希望を持ちたいのは、カルト2世3世かどうかを問わない。

運命だと悲観してしまうには、70歳でも早すぎる。

いわんや若者においておや。

親族の所属宗教の意味合いは、日本人の場合、玉虫色でそれほど意味がない場合と、非宗教的宗教である新興宗教や移民系と同和などと、神道ではない神を一番にする場合で違う。

組み合わせたり分けたりして考える必要がある。

ただし、同じなのは、個人の一要素にすぎないことで、絶対に諦めて悲観してはならない。

たとえば日蓮正宗創価学会統一教会伝統仏教各派などのカルトはまさに政治行政機構に入り込んでいるから、日本国内で個人を目の敵に排除できるから、という危険性がある。

キリスト教イスラム教などを絶対神として信じるという選択肢があるが、そう簡単なことではない。

たとえば統一教会ならキリスト教の正規教会でやり直すべきかも知れない。

私は不本意に親族都合で創価学会と関わった結果、日蓮正宗の正規寺院に興味関心を持たざるをえなかった。

あれだけ異常なセクトがなぜ存在するのか、その理論教義とエネルギー源を確かめる必要があった。

結論はシンプルなもので、キリスト教の真逆は日蓮正宗日蓮正宗の真逆はローマカトリックになり、そのことは政治的な逆卍にとどまらず、キリスト教カトリックの神と日蓮正宗大石寺の仏は究極は一致する。

高校数学を少しかじると、プラス無限大とマイナス無限大が一致する不可思議と出会うことになる。

アジアでは外道の極みといえば、そもそもヒドイ悪いものの象徴だが、誰がどう見てもキリスト教はとうに進化して行き着いているところは医療費教育費無償で平均年収700万円の国が続々とあらわれ、みなさんHappyNationそのものだ。

仏教の極みは慈悲に満ちているかといえば、真逆で平均年収は500万円に急降下、医療介護費や教育費なんてない生き地獄の監獄島日本が現出していて、9割は悲惨な病んだ発育不全の妖怪たちがウジャウジャ。それなのにお水でHappyNation気取り。

確かにカトリック国と日本は平和で食糧は捨てるほどある。

宗教はわざわざやらなくても、国がカトリック神道(仏教込)なのだからというのも同じだ。

それなのにわざわざカルトを優先して苦しむのはバカでしかない。

何に関するいかなる安全が欲しいのかという価値観は真逆で、それは選ぶべきだ。

カルトをカルトと認識してから後は思考が楽になって、やるべきこと、頼るべきもの、警戒すべきものが見えてくるはずで、何をきちんと押さえるべきか課題や視点を絞って単純化できると悲観から希望への転換が可能となる。

DNAの変化の方向転換がなされ、完全なる幸福はほぼオリジナルに自らの意志で創造される(勿論神や仏の示す自然法則を踏まえて)。

人生のプログラミングをカルトから正規の正常なものに変えて固定し、その枠の中でベストを尽くすのは、早い方が良い。

プログラマーは時には僧正かもしれないし、時には大司教かもしれない。

しかしそれとて宗教的な指導的地位から視る優越性を有難がるものだから、別の優越性ある専門家のプログラミングだって採用する可能性を完全に排除してはならない。

宗教がすべてであるのは、出家層の坊様がほとんどで、原理主義とか狂信者とか例外的なものは少ない。

カトリックが最も一般信徒が熱心に見えるのだが、一時的に見えるかどうかより、心がいかに鎮まっていて乱されない生活をいかに選択できるかどうかである。

2世を嘆いているならば、もったいない。

嘆くなら、カルトを野放しにしている日本という途上国に産まれたことをこそ嘆いて、1日も早く神道の影響下から離れることかもしれない。

それぞれの経緯による助言はここでは不可能に違いないが、ヒントはあると思う。