ミエ消費という言葉があるらしい。
文化もミエとなると情けない。
無駄遣い浪費などとして非難する。
たくさんの人たちを趣味とカテゴライズして攻撃している。
なにも生まないのは無駄な攻撃である。
趣味と非難される人たちをいかに上達させるかということには無能なのだが、そこには気が付かない。
みんな自分の姿を見てより良くなればよい。
それは趣味で弾いている人たちだけではない。
各人各様の課題の克服のために何ができるか?
各人各様が協力できることはなにか?
攻撃や非難は建設的ではない。
もしミエなら続かない。
続けている人たちは上達させ一つ一つ完成させるほうが近道だ。
バイオリンを知らないで非難するのは、勉強がろくにできない大人が子供を馬鹿にしている姿と似ている。
子育てに似ている。
文化的営みはみんなそういうところだ。
そこをわかると、みんなで幸せになれる。
わからない人たちが人を非難して文化を破壊している。
非難はテロや暴力と同じ。
東ユーラシアの非常識な非難は重症だ。
仏教の暴力性は個人攻撃に向かう。
いじめられて自殺しても自己責任。
趣味のバイオリンまで自己責任と攻撃。
欧米ではそんなムゴイ非常識は貧民窟の常識だ。
人の成長を微笑ましく楽しむゆとりがなければ、それは人間以下なのである。