FujiYama’s blog

日常的な生活の風景、感想などのブログです 政経もけっこうあります

悲惨な事件事故の原因を明らかにしておくことは愛国心(地域愛)と人類益そのもの

無責任で無慈悲なマスコミには毎度怒りを覚える。
血も涙もない報道から読み解く。
記事の本質について付言した。
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まずは、記事の写し貼りつけを2記事。


姉を殺害した弟 「良かったね」と語りかける母親 法廷で語られる歪んだ“家族の形”

10/3(日) 12:42
配信
FNNプライムオンライン
交通死亡事故が殺人事件に 姉を殺害した罪に問われた弟
FNNプライムオンライン

2020年10月、警察から「交通単独事故」として報道発表された事故。およそ1カ月半後、運転していた男が殺人容疑で逮捕された。事故の真相は、弟が、故意に事故を起こし、同乗していた実の姉を殺害した「殺人事件」だった。そして、その裁判が始まった。

自らも大けがをした高沢翔悟被告(22

高沢翔悟被告(22)は、千葉県・市原市で、車を走行中に、故意に速度を加速させながら、法面へ乗り上げ、電柱に衝突させるなどして、同乗していた実姉の絵里香さん(当時26)を殺害した罪に問われている。

初公判で起訴内容認める 父親は「寛大な処分を・・・」
9月30日、千葉地裁で開かれた初公判に、高沢被告は頭を丸刈りにして出廷。検察官が朗読する起訴状を、姿勢正しく、前を見つめたまま聞いた後、裁判長に「事実に間違いはありませんか」と問われると、はっきりとした大きな声で「間違いありません」と答えた。

法廷では、検察官が父親の供述調書を読み上げた。

父親の供述調書:
翔悟は優しい子で、殺人犯と報道されると心苦しい。翔悟なりに考えた結果で、できるだけ寛大な処分にしてほしいと考えている

自分の娘でもある絵里花さんが殺害されたにもかかわらず、高沢被告を強く非難することはなく、寛大な処分まで求めていたとは…

午後に、母親が証言台に立つと、弁護側・検察側双方から高沢被告について質問が飛んだが、同じかそれ以上に亡くなった姉・絵里花さんについての質問が集中した。

「なんで私を産んだ」と訴える姉 その時、弟は・・・
高沢被告は両親と姉の絵里香さんと4人暮らし。高校卒業後に勤務していた工場を辞めると仕事はせず、祖母の介護や家事などをしていた。

姉の絵里香さんは長年、メンタルクリニックに通い、うつ病発達障害の診断を受けていた。事件が起きた20年は、仕事をしておらず、家に閉じこもる生活を続けていた。

家庭内で、「死にたい」「殺してくれ」「なんで私を産んだの」などと、頻繁に訴えてくる絵里香さん。その度に、母親は落ち込み、それを高沢被告が慰めてくれることもあったとのこと。そして母親は、息子が犯した罪について問われると、次のように証言した。

高沢被告の母親:
殺人というのは私にはあまり…腑に落ちない。翔悟本人も死にたい気持ちがあり、将来を悲観していた。絵里香も、常々死にたいと言っていた。それを叶えたんだろうと、無理心中で自分もだと思う

高沢被告の母親:
絵里香が亡くなったことは、もちろん悲しいのは当たり前です。ただ、あれだけ(死を)望んでいたので「良かったね」と言ってあげました

言葉を絞り出すように、涙声で証言を続ける母親。その姿をまっすぐ見つめていた高沢被告も、時折、袖で顔を拭った。

弟は心神耗弱状態か 刑事責任能力の程度が争点に
弁護側は「高沢被告は犯行時うつ病により、心神耗弱の状態で、価値のない自分と姉は生きているべきでないという狭い思考を抜け出すことが困難だった」と主張。一方、検察側は犯行時、心神耗弱の状態だったことを認めた上で、「大きく責任非難を低減させるものではない」と指摘した。

裁判は、刑事責任能力の程度などが争点となる。悲劇を生んだ、いびつな「家族の形」を、一般市民である裁判員がどう判断するかが注目される。

(フジテレビ社会部・千葉支局 風巻隼郎)

追跡ニュース 記者の目
“姉を殺害した弟”に執行猶予判決 「償いを続けて」歪んだ“家族の形”に司法判断
風巻隼郎
国内
2021年10月8日 金曜 午前11:40

”姉を殺害した弟”に執行猶予付き有罪判決
「主文、被告人を懲役3年の刑に処する。裁判確定の日から5年間、その刑を猶予する」 

殺人事件なのに、執行猶予が付いた。高沢翔悟被告(22)は、2020年10月、千葉県・市原市で、車を走行中に、故意に速度を加速させながら、法面へ乗り上げ、電柱に衝突させるなどして、同乗していた実姉の絵里香さん(当時26)を殺害した罪に問われている。

殺人罪に問われている高沢翔悟被告(22)(20年12月 市原署)


刑事責任能力の程度が裁判の争点
初公判で高沢被告は起訴内容を認めていた。弁護側は「犯行時、うつ病による心神耗弱の状態で、価値のない自分と姉は生きているべきではない」という狭い思考を抜け出すことが困難だった」と主張。

検察側も心神耗弱の状態だったことは認めていたが、「大きく責任非難を低減させるものではない」として、殺人罪(刑法199条)では最も軽い懲役5年を求刑していた。高沢被告の刑事責任能力の程度が、裁判の争点だった。

高沢被告と姉が乗った車は大破していた(20年12月 市原署)

「死にたい」と訴える姉 その時、家族は
精神障害がある絵里香さんは、常々「死にたい」「殺して」と訴えていた。父親も母親も、そんな絵里香さんの存在に疲れ切っていた。家庭では、高沢被告が、母親を慰め励ます姿もあったという。

捜査段階で、父親は、高沢被告に対して寛大な処分を求めていた。証言台に立った母親は、死ぬことを望んでいた絵里香さんに「良かったね」と語りかけたことを明らかにした。両親ともに、絵里香さんの”死”に安堵しているようだった。

車を運転していた高沢被告も、大けがをしていた
うつ病の影響で犯行を思いとどまるのは困難」と理解示す
裁判長:自分と姉・絵里香の存在が両親の負担になっているから、2人とも早くいなくならなければならないなどと考えるようになり、自分が自殺する際には、姉・絵里香と一緒に死のうと思うようになっていた。犯行当時はうつ病のため、心神耗弱状態にあった。

判決で千葉地裁は、弁護側の主張を、そのまま採用した。その上で、量刑については・・・。

裁判長:犯行を思いとどまることは、うつ病の影響により著しく困難であったというべきで、被告人を強く非難することはできない。

千葉地裁は、心神耗弱を認定し、懲役3年・執行猶予5年の判決を言い渡した
裁判長:心神耗弱による法律上の軽減をした上で、刑の執行を猶予するのが相当であるが、本件の罪質、結果の重さ等に照らすと、刑期及び執行猶予期間は、執行猶予付き判決が許されるもののうち、法が定める最長期間とするのが相当である。

「家庭の事情」で殺人事件 執行猶予も珍しくなく
千葉地裁は、執行猶予が付くケースとしては、最も重い量刑を選択し、「懲役3年・執行猶予5年」を言い渡した。殺人事件で執行猶予が付くことは珍しくない。

特に、老々介護など、「家庭の事情」により起きた殺人事件で、執行猶予が選択されることが多い印象だ。一般市民である裁判員にとっては、身につまされることがあるのかもしれない。

裁判長が説諭「何をすれば姉の償いになるか考えて」
裁判長は説諭で「あなたのしたことはあなたの命だけでなく、人の命までも粗末に扱う行為です。今後は命を粗末に扱うことはしないで下さい」「何をすればお姉さんの償いになるのかをよく考えて、償いを続けて下さい」と語りかけた。

判決言い渡し後、自席に戻ると高沢被告は一気に泣き崩れた
高沢被告は頷きながら「はい」と答え、最後に、裁判官・裁判員に向かって深く一礼した。閉廷後、弁護側の席に戻ると、高沢被告は一気に泣き崩れた。絵里香さんや家族のことを思ったのか、裁判長の言葉が胸に響いたのか・・・。

ただ自分を律していた緊張が、一気に解けたようにも見えた。傍聴席で我が子を見守っていた母親も涙を流していた。歪んだ”家族の形”に終止符は打たれるのか。

(フジテレビ社会部・千葉支局 風巻隼郎)

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つまりこれらの記事はなんなのか?
根本的な解決と再発防止のための観点と要所にきちんと正しく丁寧に迫ってみる。

われわれの自己肯定感が小さくなるもの、それがマスコミでありほぼすべての宗教である。個人を恫喝し続けて、お前なんか価値のない存在だと洗脳し刷り込み続ける。仕事ができて、無駄なものにお金を惜しまず使う人をもてはやす。献金、寄付、購入にだけ媚びへつらうのがマスコミと宗教だ。
家族の1人でもそういう心理に追い込まれるとそうそう回復は難しい。マスコミと悪い宗教家の犠牲になったお姉さんがまず可哀想だ。この社会で信じられる人なんているわけないから、家族にあたるしかない。どうあたってよいかもわからないから殺してくれとなる。マスコミはモノを買ってくれればよいだけで、視聴者が死んでも困らない。葬儀会社や仏壇業者のスポンサー料が入るから死んでくれたらむしろ喜ぶ。
家族というのは、第一に助け合って生きているが、1人病むと家族全員が苦しむ。
たとえ元気でなくともなんとかやっていけるような力や知恵を希求して当たり前であるが、この家族はどうやら諦めていたようだ。
その諦めこそが邪宗教の害毒でもある。
この家庭の宗教がもし日蓮正宗であれば絶対に100%諦めず唱題で力を出したのだから、こういう悲劇は起こり得ない。
さて、この記事を書いた風巻隼郎という人を私は知らない。面識ゼロ。どんな記者なのかどうか判断はつかない。
しかしなぜか歪んだ家族の形と表現している。
しかしそもそも仕事をしていないとか、精神障害があるとかいう理由で、生きている価値がないと思わせる社会の雰囲気はマスコミが作っているのではないか。
歪んだマスコミの報道である。
そして生きていてはいけないという教えの宗教とゆがんだ政治の問題をまったく取り上げていないのも偏頗な記事である。
この事件の原因はそういうものであって、加害者に執行猶予は当然すぎる。
国家悪は宗教的帰結であり、その具現化と洗脳維持のためのマスコミがあり、その社会的土壌によって悲劇は絶え間なく惹起し続ける。信号機や標識は死ね殺せと表示しているからさすがに執行猶予なのである。
やはりそういう標識や信号機は交換しなければならない。日蓮正宗の唱題だけが正しい自己肯定感を育む本尊であり、日蓮立正安国論を政府関係者は謙虚に受け入れるべきである。
国家の威圧、宗教的権威、マスコミのムードという圧倒的威勢によるそそのかしによって精神判断の錯誤や
殺人事件は絶えず起こる。
状況でたやすく魔性にやられるのが人間であることは誰もが知っている科学的データだ。
人間が飢えてもないのに家族を殺す理由などありえない。
国家、宗教、マスコミが悪い。
彼らは頑として日蓮正宗を拒絶して、無職の人、精神障害の人、殺人犯凶悪犯やその家族をつるしあげる個人、国民の怨敵である。
いくら悲劇が繰り返されてもまだ日本人が神社を拝む狂気から目覚めない狂気を見ると、こういう無慈悲な記者の記事が当たり前なのであるが、心ある人間から見ると極めてひどいマスコミにしか見えないものだ。
今の日本国には歪んだ無責任無慈悲な神道政治を糾弾できる勇気、仁徳ある人間がいない。
犯罪発生のメカニズムは明らかである。
宗教による政治、政治によるマスコミ、マスコミによる洗脳、洗脳による病理発狂、病理発狂による犯罪。
純化すれば宗教による犯罪である。
賽銭泥棒は神社を拝んで生活保護申請ができない人たちによる犯罪である。キリスト教イスラム教徒は神社の賽銭泥棒はやる必要がない。施しを受けるからだ。そこにも宗教的信条による犯罪というものがある。テロ犯罪が原理主義によることも有名である。
思い上がりや高慢自慢の優越感に浸るような自己肯定は地域社会にとって危険であり、健全な自己肯定感を育む宗教は日蓮正宗しかないことを改めて明記しておく。
資産や収入があるがゆえに迷いなく欲求充足をはかり、迷いなく衝動的に傷害殺人事件を起こす神道の単細胞さ。
伝統宗教が改善されない日本は進化しない。
狂乱と醜態の日本に成り下がってもなお改善されない日本を愛することは極めて困難なことである。
若者、就労世代のヒットポイントが低下しつづけているこの民族的危機を目の前にして、いったいどうして平気でいられるのだろう。
世界中で自由を謳いながら億単位の貧困や飢餓と精神疾患があることに疑問を持たないのは、地球に生きる人類として社会性の欠落、人間性の欠陥があるということだ。
個人が幸福追求できる環境条件の整備が完全に個人に任されているのが自由であり、その自由の名のもとに今日今月の収益に資する道具として人間を利用するだけの社会制度は共産主義と同様に危険である。
組織や自治体や政府がある程度の資産を蓄えたときに、ひろく人材育成に粘り強く取り組むシステムを各界で整備しつづけることが、地域社会と人類を文化的な繁栄に導き、平和な人道性と犯罪防止が成立するという道理を考えて、自由主義共産主義も非常に問題が大きく根深い欠陥社会、危険社会を形成してきていることを理解しなければならない。
動物の群れや集落の人間としての宗教ではもはや有害である。
人類益に資する個人の魂を高揚させるエネルギー源としての日蓮正宗を実体験して、じき全人類が悲劇を完全に予防できると確信を持つに至った。
世間一般で口にする宗教という響きは犬も食わない我田引水商売という有害なものであり、日蓮正宗というのは非常に特殊なエコエネルギー源である。みなさんの幸福の第一歩として宗教離れには大賛成だ。
悲惨な事件事故という神々の限界を毎日ネット報道で見ていても、すべては日蓮正宗のエコエネルギーに背を向けていることが原因だとわかる。
完全なる神なんて、どこにも存在しないのである。
天上界を指し示すのがせいぜいやっとの神々はその分をわきまえて釈迦の予言通りに法華経を守護するべきであり、日蓮正宗のエコパワーを実際に知るために身を捨てて教えを乞うべきである。
神を気取って悲劇を受け入れ続けて感覚が麻痺した時、ジキルはハイドになったのである。
ハイドがジキルに戻る唯一の方法、魂の蘇生の唯一の方法が日蓮正宗には実在している。