FujiYama’s blog

日常的な生活の風景、感想などのブログです 政経もけっこうあります

なぜ世界は欧米を中心に動くのか 神道やめますか?それとも人間やめますか?

日本人は日本が一番だと思いたいらしい。住めば都というヤツである。四季のある自然も豊かで美しいし、歴史が2000年くらいあるので、もうもしかしたら世界一ではなかろうかという感覚なのである。

しかし、世界はまったくそうとは言えない基準で動いている。

日本の世界ランクというのがたくさんあるが、あまり優秀であるとは言えない。どちらかと言えば中の下くらいで、逆にこんなに人口がいるのになぜ?という現実が多い。

極端な話、欧米人は人間とか生き物として優秀であり、アジア人は動物以下のひどい生き物だなあと思う事実根拠がたくさんある。

国際比較というのは、今や情報公開されており、史実についてもかなり知られているから、みなさんうすうす気が付いているのではないかと思う。

留学したりホームステイしたり移住する日本人がかなりの数になってきて、むかしよりはその実感がわかる人が増えてきたのは、よい傾向である。

それぞれの政治文化の基準の違いに着目すると、そこには宗教的な違いが間違いなく存在している。通常の平和な間に、欧米が何を基準にしているかと言えば十分な教育と十分な環境と収入が保障された社会であるが、これはキリスト神の考え方に根差している。労働条件や手当などが基本的に適正な範囲で行き渡っている。それだけではなく戦時中にも十分な食料と弾薬と部隊要員がそろわなければ作戦をやらなかった。

アジア人ははっきりと狂気である。今も平時に困窮者が日本だけで1000万人、国民の一割程度いてもまともに手当をしない。教育費はもったいないからかけない。就労環境もブラックで当たり前。

同じように貧しい人は相当数いるのに、手当がきちんとした欧米と放置されるアジアという構図が変わっていない。

飢えた国民がたくさんいて、戦争に負けたのは当たり前で、兵隊はまともに戦闘ができず、神道の指導者たちに人として普通の理性ある判断や統治などできるはずがない。

キリスト神と神道のレベルが違いすぎたので、まともな戦争ができなかったのである。

ふつうの心持が違うのだ。平常心が神道では犬猫以下の感覚であり、国民も兵隊も疲労困憊してまともな思考もできずに突撃だの玉砕だのということになった。

ただ敗戦したから国連の敵国条項が残っているのではない。

今も日本政府は国民を窮乏させ続け、生活保護は水際防止作戦を徹底し、手当はとにかくしない、自殺者はまた増加に転じ、医療費と社会保障費を抑制し続けている。

この人道上の無反省ぶりが明確であり著しいために敵国条項というのは維持されていると私は考えている。

中国共産党の言論や政治活動に対する弾圧も、ターゲットにされるのは当然である。

要点は、すべての国民が人としての能力をいかんなく発揮するための前提条件を整えることを最優先しなければならないということ。

人道は外交カードではなく、基礎条件であり最低限のルールである。

国の総合力を比べるときに生産力やGDPを比較するが、この額だけを比較しても駄目で、それは人口が多いほうが大きく、天然資源が多いほうが大きいからである。

比べるべきは人口一人当たりのGDPであって、つまり国全体としての生産性がどのくらいのレベルかというのが、国の優秀さを決定する。その意味では欧米は無敵の強さを誇り続けており、しかも科学やスポーツの分野などにおいてもその強さは歴然としている。

この国際競争力と国の強さを決めているものは、平時における心持の違いなのである。

神道では努力、頑張り、自腹を優先しすぎており、武器なしで戦えと言っているだけであり、科学技術は軍事転用と富裕層向けの高額医療にのみに焦点を絞って、一般的に学問は無駄であると教えている。社会科学を理解している学者すらほとんどいない。それではどうなるかと言えば、富裕層だけが教育をきちんと受けられて武器対等を手に入れ、1億2千万は、うち半数近くが無駄に大学等を卒業して努力と頑張りを期待されるのである。大学に行ってもなにも役に立たない学問をすることがあまりに多いから、社会に出てからテクニックとして弱者から搾り取ることだけを教えられる。多くの日本人は大学進学をいまだに贅沢だと教えている。社会的な有意義さではなくただの贅沢と教えることが多い。学問や科学技術と生産性という観点がまったくない日本の成人集団がいくら頑張っても欧米には歯が立たないわけだ。ましてや軍事的なところで、相変わらず天照がその精神的支柱として遺ったまま、いくら自衛隊の装備をよくしても、たいした役にたつわけではない。一応仕方ないから自衛隊を設置しただけで、外交力がまったくないままで軍隊を持ってもその効果はなきに等しい。しっかりと国民経済を豊かにして人道性をあたりまえにひろく底辺まで維持しながら科学技術を発展させ生産性を上げていれば、欧米の見る目も変わってきたのだが、前提の人道性というヤツがまったく理解できないままである。

欧米はアジアを商売相手としてきちんと市場に迎え入れているが、アジアはルールがまったく守れていない非人道的エリアである。その改善のきっかけになるように日本国憲法を示した節があるが、日本神道政治は改憲の主張を繰り返すのみである。

多少日本人の富裕層やバカな消費者がよいお客さんになってくれるから、そこまで欧米もむげにはあしらわないが、きちんとした交渉の相手にはまったくならない。

日本が世界で相手にされるためには、まず日本国憲法に明記された人道的な人間固有の権利義務関係をしっかり理解して実現することが先決であり、第一条件である。

憲法を理解できず改憲するということはとりもなおさず日本人は犬畜生と同レベルであると証明することになる。ミャンマーの軍政同様、アジア人だけが人間をやめますという宣言は絶対に回避しなければならない。みんながきちんと食べて教育を受け、自由に労働してその力を発揮できるように社会環境を整備していかなければ、まさに犬猫の世界であり、人間の放棄になる。富裕層だけが人間であって自由も権利も謳歌して、1億2千万は奴隷でよいという神道の考え方は、実際に日本国が国際的な地位を落としていくことにしかならないので、警鐘を鳴らす知識人もいるのだが、神道の考え方によれば、まったく日本の国際的な地位などどうでもよく、ただ自分の資産さえあればよいということだ。

日本の困窮者や労働者が苦しむのは他人の問題であって、富裕層だけが人間であるという考え方である。

ナチス日本帝国主義が世界から目の敵にされたのには、正当な理由があるということに気が付かないわけにはいかない。まだ欧米の世界のほうが、自由で幸福な市民が多い。

社会保障のレベルは表面的にはあまり変わらないようにも見えるが、支給率がまったく違うし、コロナ対応の給付金もケタが違う。日常生活に不安がある日本人の多さと大半が心配なく過ごせる欧米人の違いが、戦時中だけではなく今も歴然として存在している。

はっきり言えば、神道政治に統治能力がないということが、様々なデータから明らかなのである。日本やアジアの国々がなぜ安い賃金でひたすら労働させられてきたのか、国際政治の舞台で発言権が低いのはなぜか。外交でまともな交渉ができない理由は、負け犬根性と非人道的な統治の事実そのものによる。日本の支配層、華族、富裕層が、日本人に対していかなる処遇を是としているかという事実が、外交力の基礎になる。国民の信託があるかどうかの基礎である。しかし教育もまともに受けられない、食べられない子供や障害者たちがわんさかいて、労働環境はゲスのブラック、社会保障に医療費は抑制するというひどい状況を誰もが日常の中で感じているような中で、国力、国際的地位が下がってもお構いなしの政治統治まがいをやっているのだから、黄ザルがキーキー言っているだけに終わるのだ。

日本が米軍の二軍で施政下にとどまる植民地状態を改善するものは、憲法改正ではなく、政府の人道的統治であり、そのための政教分離であろう。

非常に残念ではあるが神道では世界の中でやっていけない。

連戦連敗だ。自民党公明党大本営発表はまったく信じられない。

神道では民族が進化しない。

人類社会の中で取り残され、お金しか相手にもされない。

国民主権基本的人権の尊重という人道上の常識を前提にしたすべての国民を幸福にする護憲政治という方向性が、今広く求められている政治だと思う。