FujiYama’s blog

バイオリン弾きの日常的な生活の風景、感想などのブログです 政経もけっこうあります

バイオリン 見栄か格好つけか粋なのか?

f:id:FujiYama:20210213161633j:plainたくさんの魅力的なバイオリンを弾かせていただく機会に恵まれているので、日本は良い国だなと、愛好者としてはありがたく感謝している。
しかし、それなりに多くのファンがバイオリンを弾くと、どうしても今一つ聴きづらい演奏をする方も相当数おられる。
別の記事で弦楽器は趣味でやるのが難しいと書いたけれど、それなりに難しいと改めて思う。
ここ数年、私はアマチュアのオーケストラの演奏会に脚を運ばなくなった。
マチュアで趣味でやると、どうしても弓をチョコチョコ動かして楽器を演奏できていない。音程は狂うしリズムは外す。
マチュアでもセミプロの部類ならそんなことはないのだが、大方のアマチュアは何をしたいのかわからない集団である。
ま、好きでやっているのだから、それで良いじゃんと開き直られると二の句は継げないし、いちいち説教なんてしたくもない。
しかし、その使用されている楽器はもったいないとしか言いようがない取り扱いをされている。
楽器の力量が十分に生かされず、1/3くらいの表現しかなされていない。
私は試し弾きすると、必ずその楽器の価格帯が適正かなとチェックする。実際に購入するに至ることもあるから当たり前なのだが、そうではなくて、1/3しか表現できないままでは、価格帯が泣くわけだ。
300万円の楽器は100万円に、三十万円の楽器は十万円の楽器と同じになってしまう。
こんなに悲しい現実がありふれている虚しさを毎回感じ続け耐え続けることは、私にはできない。プリマドンナたちは歌えない悲しみに耐えている。
おそらく十年は弦楽器を弾いておられる方たちだから、もはや上達する見込みも薄い。ヘタに弾くクセがついている。
きちんと弾ける人はきちんと先生について練習して発表してきた人に限られる。楽器を鳴らしきるのが当たり前だ。
そうでなければ粋な感じもしない。
高級車でコンビニに缶コーヒーでも買いに行くのが粋であるという人は、よほどゆとりがあるのだろうか、それとも浪費癖があるのだろうか。この厳しいご時世に、やっぱりもったいない感が半端ない。